2006年07月20日更新
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増山祥子さん(26)
デジパ株式会社 Webディレクター
Webサイト制作会社のデジパ株式会社で、Webディレクターを務める増山祥子さん(26)。2005年2月に同社へ契約社員として入社すると、半年後に正社員へ昇格。そして、昨年10月からはWeb制作現場の進行管理責任者であるディレクター職に就いた。現在、数十ものWebサイトのディレクターをしている増山さんに、どのようにして希望職まで上り詰めたのかを聞いた。
学生時代から常々「好きなものを仕事にしたい」と考えていた増山さん。大学卒業後に上京し、劇団の裏方の仕事に就いた。しかし、劇団員の生活はご多分に漏れずが困窮したことから1年ほどで劇団を離れ、就職することにした。改めてどんな仕事に就こうかと考えた時、真っ先に思い浮かんだのが、3番目に好きなものである「インターネット」に携わる仕事だった。
「私の好きな役者さんや映画をインターネットで検索すると、非常に多くのWebサイトが存在しています。もちろん玉石混交ですが、それらのサイトを見ていくと、これまで知らなかった情報や知識をたくさん得られます。初めてインターネットに触れた時は、「こんなに便利で楽しいものがあるなんて」と感動しました。その感動を伝える側になってみたいと、いつしか思うようになっていたんです。そこで、Webサイトを制作したり、管理したりする職業に就きたいと考えました。映画や演劇は、好きだからこそ裏側も見えてしまい、プロになるのは気が引けました。だから、この2つは趣味にとどめて、3番目に好きなインターネットの世界でプロを志すことにしました」
とはいうものの、この時点で増山さんはIT関係の実務スキルや資格を何1つ習得してはいなかった。そこで、人材派遣会社に登録し、パソコンの基礎的なスキルを身に付けられる職場を探した。彼女の最初の派遣先は、化粧品のオンライン販売会社。ここで営業事務の仕事をしながら、Excel、Word、Powerpointの実務スキルを磨いていった。こうして1年が過ぎた24歳のある日、化粧品販売会社の派遣契約が満了したのを期に、よりインターネット関係のスキルを学べる職場を探すことに。そこで「ExcelとWordが使えて、インターネットが好き」と書き込んだ履歴書を持って別の人材派遣会社へ登録した。派遣先の企業として希望したのは大手ポータルサイト運営会社。熱意が通じ、Webサイトをカテゴリ別に整理して紹介する業務のアシスタントとして働けることになった。
「派遣先として大手ポータルサイトを希望したのは、大企業の職場を経験しかたったことと、職歴に箔(はく)が付くかなと思ったからです。それから、六本木ヒルズへ通勤したいという気持ちもありましたね(笑)。ここでの仕事は懸賞カテゴリーの担当。1日100件ほどのWebサイトを巡回して、懸賞コンテンツに掲載しても大丈夫かどうかをチェックしていました。ただ、隣席の人との連絡すらメッセンジャーで済ますなど、会話や生身のコミュニケーションが不足しているなと感じました」
こうして憧れのインターネットの仕事に就けた増山さんだったが、同社では派遣社員の更新は最長1年と決められていた。そこで、派遣期間が終了したら次の仕事へスムーズに就けるよう、逆算して転職の準備を開始した。
大手ポータルサイトでの派遣期間が満了した増山さんは、25歳という年齢を考えて「好きなことをするなら今だ」と、思い切ってWeb制作会社に的をしぼって就職活動をした。しかし、現実は厳しかった。Web制作に直結したスキルを有していない彼女を、現場の人材として歓迎する企業は1社もなかった。
「私は自分のホームページを持っていると言っても、HTMLをバリバリ書けるわけでもありません。いくらインターネットが好きだといっても、Web制作のプロになるまでの道のりは、まだまだ遠くて険しいなと実感しましたね。そこで、Web初心者を受け付けている企業を片っ端から訪問。どこの面接でも『スキルはないけれど、やる気と情熱だけは誰にも負けません!』とアピールしました。スキル不足を理由に門前払いされた会社もありましたが、人柄を重視する数社から内定をいただきました」
増山さんは内定を得た数社のうち、デジパ株式会社に就職することに決めた。その理由は、オフィスのセンスのよさとアットホームな社風だった。
「私は大学で美術展などを企画する芸術計画科で学んでいたので、インテリアやデザインなどにも興味があったんです。そのせいか、オフィスの入り口にイームズ(注1)の椅子を置くデジパのセンスに、クラッと共感してしまいました。対応してくれた面接官の人柄もよく、しっかりとして落ち着いた会社だと思いました。桐谷晃司社長は眼力が強い人で、最初は目も合わせられなかったんですが、『自分を成長させたい、自分が初めてインターネットに触れた時に味わった感動を広めたい』と熱く語ったら採用されました。人柄を重視する会社なので、スキルのない私でもキャラクターを上手く表現できたのが、採用に結びついたのではないでしょうか」
注1:イームズ
Charles & Ray Eams(チャールズ:1907~1978/レイ:1912~1988)。または彼らがデザインしたものを指して言う。チャールズはアメリカで椅子や家具、建築、映像などのデザインを手がけた。「合板ラウンジチェア(LCW、DCW)」「サイドシェル チェア」などの家具は、その独創的なデザイン性と使いやすさで有名。
契約社員としてデジパに入社した増山さんは、アシスタント・ディレクターとしてWebディレクターの下で修行を開始。Webサイトの設計方法や運営方法、クライアントとの対応の仕方、見積もりまで、Webサイト制作の仕事方法を一から学んだ。そして半年後には正社員に昇格。その2カ月後となる昨年10月には、念願のWebディレクターとして仕事を任されるまでに成長した。現在は、企業や各種学校など数十のWebサイトをディレクションしている。
「私がWebディレクターとしてつねに心がけているのは、ユーザーの視点を忘れないこと。見やすい色彩で構成するのはもちろん、インターネットに不慣れなユーザーにも使いやすいWebサイトを構築するようにしています。作るのが難しいのは、企業向けの製品を紹介するサイトです。ユーザー側の企業が何を求めているのかを考え、情報発信側の企業の担当者と歩み寄りながら最良の道を模索します。まだ社内で一番下っ端なので、制作費もそう高くない案件を扱っていますが、これからどんどん責任ある仕事を任されるようになりたいと思っています」
目標の職業に就くために、確実なステップを踏めるよう転職をしていった増山さん。自分の年齢的なタイミングを見極めたことと、スキル不足を補う“やる気”を前面にアピールしたことが成功に繋がったのではと言う。
「デジパは、責任のある仕事がやりたいと希望して飛び込んだ会社。小規模な会社なので、何でも自分で一から作り上げなくてはならないことに悩んだこともありましたが、今はそうした課題をクリアできた時の喜びのほうが大きいですね。やりがいを持って仕事をしているから、どんなに忙しくてもストレスを感じることはありません」
以前、増山さんは出勤途中に貧血で倒れたり、全身にじんましんが出たりすることがあったという。思うような仕事ができなかったことが、ストレスを生んでいたのだ。ところが、この会社に入社してから体調不良になることはないそうだ。
「今の私は『若い時の苦労は買ってでもしろ』という言葉どおり、Web制作のプロとして基礎体力を作っている時期。将来を見据えたら、努力しなければならないことだらけ。25歳で転職できて本当にいいタイミングだったと思います。数年後の自分が楽しみですね。私は人見知りしない性格なので、興味ある人との交流をどんどん深め、見聞を広めていきたいです。また、先輩の仕事ぶりや他社のWebディレクターのブログなどを読んで、いいと思ったところは盗んでいこうと思います」